キジログ@愛

キジちゃんがその隠しきれないバード愛について語るブログ

ニートからの大学受験

今週のお題「受験」

 

毎度おなじみキジちゃんです。はじめての方ははじめまして。(´・ω・`)

今日も今日とて世界に向けてバード愛を振り撒いて参ります♡

 

私事ですが、先日ブログをリニューアルいたしまして、それにともない過去に書いた記事のうち実に7割を下書きに戻しました。

そして移行の設定をミスりブクマとスターが全部消えました。今やどう見ても中身スッカスカの自己満ブログです。本当にありがとうございました。

だがしかし!キジちゃんはここから這い上がっていくのです!なので応援よろしく!そして伝説へ…

 

というわけで記事数を稼ぐために、ただそれだけのために今週のお題に手を染める事といたしました。

今回は、10代の頃ニートだった私が大学受験を目指した時の経験談を記して行きます。

大した話ではありませんが、何かの参考にしていただければ幸いです。

 

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底辺だったあの頃

私の過去をザックリと説明しますと、高校を1年で中退してニートとなり、翌年に通信制高校に入り直して卒業、その後は何もせずに2年間ニートしてました。

やりたい事もなかったし、将来の夢もなんにも無かった。というかただひたすら何もしたく無かった。そんな10代を過ごしました。今から20年ほど前の話です。

 

受験のきっかけ

ある人の一言がきっけとなりニートから一転、大学入学を目指す事となります。人生には何があるのか分からないものです。誰かが発した「なんて事ない一言」でその後の人生が大きく変わる事もあるのです。私の場合はまさにそうでした。未来が真っ暗に思えても、夢なんて何も無くても、どうしても何もやる気が起きなくても、それでもどうにか生きていさえすれば「人生って捨てたもんじゃないんだな」なんて思える日がいつか必ず来ます。

 

文系の方が簡単?

大学を受験する事にしましたが、この頃の私は何年もまともに勉強なんてしていませんでした。しかし親から与えられた猶予はたったの一年間だけです。とにかく時間がありません。理系は難しそうなイメージがあったので、とりあえず文系の学部を目指す事にしました。「日本人なら日本語は普通に読めるからたぶん大丈夫だよね」って言うだけの理由です。

 

漢文にキレる

4月から始めた勉強はそれなりに順調でした。しかし挫折は突然やってきます。予備校の夏期講習で受けた漢文の授業がマジで1ミリも理解できませんでした。私は日本人ですから日本語は読めるのですが、しかし漢語となると一切読めないという事実に今更気が付きました。そして何に対してかは不明ですが、なんか死ぬほど腹が立った。そこでいろいろ考えたのです。「簡単そうだから」というだけの理由で文系を選びましたが、しかし私の好きな科目は昔から理数系の方が多かったのです。謎のイラつきを腹に抱えたまま私は親に宣言しました。「ぼくは今から理系を目指すよ、ママン!」漢文なんてこの世から無くなればいいのに。

 

「分数」が分からない

とはいえ季節はもう夏です。この時期から受験科目を理系に切り替えるのは普通に考えれば現実的ではありません。しかし私はすでに親への「理系宣言」をしてしまいました。さらには予備校の授業もすでに全て理系科目へと切り替え済みだったのです。もう後戻りは出来ません。自分で決めたはいいものの、内心ではとても大きな不安に苛まれてました。しかし退路は断たれています。もう前に進むしかありません。とりあえずの第一歩として、私は先に買ってきた数学の参考書を開いてみました。開いたページは分数で出来た数式で埋め尽くされています。そこで私はある事に気が付いたのです。「・・・分数の分子と分母って、どっちが上でどっちが下だっけ????」この時の私は分子と分母の違いすら分からない状態だったのです。

 

小学校の算数からやり直す

私が分数を忘れていたのはネタでもなんでもなくガチです。当時の私はそれほどまでに勉強というものから離れた生活をしていました。学力は間違いなく底辺です。しかし私は諦めませんでした。正確に言えば「諦める」という選択肢がなかったのです。受験勉強を始めてから私はそれなりな充実感を得ていました。もうあの無気力が支配する場所には戻りたくない、そう思ったのです。

それに、「今からでもまだ間に合う」と、なぜかそんな気がしたのです。今思うと当時は「今の自分がどこにいるのか、どれだけヤバイ状況なのか」が全く分からないが故に根拠のない自信を抱いていられたのかも知れません。もう考えても仕方ない。兎にも角にも、小学校の算数からやり直すしかありませんでした。

 

数学Ⅲ・Cを捨てる

予備校の高度な授業を、その内容をほとんど理解できないまま受け続け、そして家に帰っては小学算数からの復習をし続けました。上手いこと過去の勉強の記憶が蘇り、復習は比較的短期間のうちに修了できました。今回の受験科目である高校数学は、詳細科目として「Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」および「A、B、C」に分かれます。簡単に言うと、この教科は一口に「数学」と言っても6種類の科目に細分化されているのです(当時の高校数学です。現在どうなっているのかは確認していないので分かりません)。全てをマスターするのは時間的に考えて絶対に無理でした。そこで私は早期のうちに数学「Ⅲ・C」を捨てるという決断をしました。その分の時間を「数学Ⅰ、Ⅱ」と「数学A、B」に集中させる事にしたのです。

大きな事を言えば、限られた選択肢の中で「他の何かを捨てる」という事は、人生において必要な決断なのだと思います。

 

いざ受験!

これまでの人生の空白を埋めるかのような、そんな熾烈な勢いで私はただひたすらに勉強をしました。そうして迎えた受験当日。3校ほど受けて、いずれも試験は散々だったような覚えがあります。ただその中で1校だけ、ほんの少しの手応えを感じていました。そしてその手応えは本物だったのです。結果その大学に合格。偏差値的には決して褒められたレベルではありませんが、とある分野ではそれなりに知名度のある総合大学でした。

春を迎え、私は三年遅れの大学生としてキャンパスデビューを果たします。そして入学早々好きになった女の子に私はフラれる事になるのですが、それはまた別のお話(´・_・`)

 

「やれば出来る」という言葉

よく言いますよね、「やれば出来る」って。でもこの言葉は人から言われてもどうにもならないのだと私は思うのです。では、この言葉はいつ役に立つのか。私は、それは自分で自分を鼓舞するときに使う言葉なのだと考えています。自分の中になにか大きな目標が生まれたとして、それに向かって行くには少なからず勇気が必要ですよね。こういう状況のときって、逆に言えば「勇気だけ」があれば大抵の場合は乗り越えられるものなのです。その勇気を得るために、「やれば出来る!」と自分に言い聞かせるのです。根拠なんて何も無くてもいいんです。その時のあなたに必要なのはその一歩を踏み出すためのほんのちょっとの勇気と、胸に抱いた大きな希望だけなのですから。

余談ですが、入学早々に失恋した私は学校生活に対するモチベーションを一気に失いその後の四年間をダラダラと過ごした挙句、単位ギリギリで大学を卒業をするような自堕落な生活を送る事になるわけですが、しかし就職活動に関しては「やれば出来る」の精神で乗り切り、みごと第一志望の企業(一部上場のIT企業)に入社する事が出来ました。新卒の夏、この時点では何の役にも立っていないにも関わらず結構な額のボーナスを貰った事は今でも忘れらません。(大きな会社は本当にスゴイですよ...)

 

人生はいつからでもまた始められる

その後の私の人生をざっくりお伝えしますと、新卒で就職したIT企業はとある事情で退職し、地元の零細企業に再就職しました。それから十数年間はずっとこの小さな会社に勤めていますが、しかし現在、この会社はハッキリ言ってかなり厳しい状況に置かれています。ひとつ下手を打てば間違いなく倒産することでしょう。言うなれば私はまた底辺に近い所に戻って来ているのです。

でもね、こういう時こそ、辛くて大変でしんどい時こそ無理にでも自分を鼓舞して乗り越えなければいけないんです。もし今の会社がコケてしまい、たとえ私が無職になったとしても、しかし命までは取られません。人生はいつでもどこからでもやり直せるものだと私は思うし、その自信もあります。だって、何事もやれば出来るという事を私は知っていますから。 

 

今が大変なあなたに

人生それなりな年数を生きていると、過去に起こった大抵のことは「それほど大したことじゃ無かった」と思えるようになります。なんだかんだ言って、今まで全部乗り越えてきたわけですから。

これから大きな波を乗り越えるであろうみなさんに私からお伝えしたい事は、一言で言うと

『大丈夫』

だと言うことです。

不安があっても大丈夫。やる気が無くても大丈夫。くじけそうでも大丈夫。たとえくじけてしまっても、それでも「大丈夫」なんです。

ぜひこの言葉を胸に、みなさんには精一杯楽しい人生を歩んいって欲しいと思います。私も一緒にがんばるからさ!たとえ辛くてもそれを楽しみながらね!

(キジちゃん) 

小学校6年間の算数が6時間でわかる本

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