キジログ@愛

キジちゃんがその隠しきれないバード愛について語るブログ

『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』の感想を割と肯定的に書いていく回

スーファミ版ドラクエ5をリアルタイムで遊んだアラフォー世代のおじさんですどうも。今回は掲題の通り話題の映画(ある意味)を1800円払って観てきましたのでその感想を書いていきます。割と肯定的です。

なお当記事において作中の重要なネタバレがありますのでご注意下さい。とは言え世間的にこれだけ騒がれてればもはや皆さんネタも知ってるのでしょうけどね。

 

 

 

さて、私は今作を観にいくに当たり事前にがっつりネタバレした状態で行きました。なので後半になって突然メタ構造になるのも知ってました。そんな心構えで観たんですけど、いやいや、そうと分かっていれば(もしくは分かっていたからこそなのかも知れませんが)普通に楽しめますよこの作品。

面倒なので演出やストーリーの詳細は書きませんが(気になる方は他の人のネタバレ感想記事を読んでみて下さい)、冒頭のスーファミ版ドラクエ5の画像をそのまま使用した「端折り」は最後のメタ展開部分で辻褄が合わせられます*1し、映画の尺的な意味でも主人公の幼年期は描かず省略ぜざるを得ないという点も理解できます。

物語は終始、良く言えば「テンポ良く」、悪く言えば「ドラクエ的な細かい描写を相当な部分で省きながら」進んでいきます。否定的な感想を書いている人の記事には『街の様子が細かく描かれていないからドラクエ感がない』と言ったものがありましたが、これは尺的な問題で無理なのです。通常のプレイでクリアまでに数十時間かかるゲーム作品を高々2時間程度の映画作品に落とし込もうとする時点で相当な部分を省略せざるを得ないのは必然です。というかそもそも監督自身初めから『ゲームと映画の相性は良くない』と言って一度はオファーを断ったそうです。つまり監督も初めからそんな詳細なゲームっぽい雰囲気を忠実に描こうとか思っていません。

監督が言うには『ドラクエ映画化のオファーを受け無理だと思い一度は断ったが、あのアイデア*2を思い付いたので最終的に受けた』んだそうです。そう、実はこの発言こそがこの作品のいわゆる「論点」を全てを物語っているのです。

例えば仮に終盤にあのメタ展開がなく普通にラスボス倒してエンドロールになったとするじゃないですか。そしたら「別の種類の非難」が相当数上がってきたと私は思うんですよね。それは『各部端折り過ぎ」とか『サンタローズに主人公一家以外の人がいない』とか『勇者の双子の妹がいない』とか『パパスが最後に出てこない』とか下手したら『デボラを出せ」まで、まぁそんな「実際のゲームとの差異」ばかりが指摘されまくって炎上すると思うのです。

でも先述の通りゲームをそのまま映画にするのには無理がある。故に監督の例の「アイデア」で『作品としてまとまりのある形』にして落とすしかドラクエを映画として成立させると方法は存在しないのです。

ただ、それはそれで大きな別の問題を抱えることとなりました。それは往年のドラクエファンの期待をある程度無視せざるを得なくなったという点です。公開直後に否定的な意見を述べていたのはこれら「往年のドラクエファン」の方が主です。(まぁそもそもドラクエファンじゃなきゃ公開直後に観には行かないのでしょうけど)

山崎監督は元々無理のあるゲーム作品の映画化オファーを自らの考える「ゲーム作品を映画としてまとめられる方法(ファンを無視したもの)」で落とし込み、一方の往年のドラクエファンは「いかにもドラクエ的なワクワク感のある作品」を期待して観に行ったのですね。当然両者の間には齟齬が生じ、それが今回の「炎上」と言っていいほどの批判祭りのタネになった訳です。

私はこの映画をネタバレした状態で覚悟をしつつ観ましたので、これら両者の思いがそれぞれによく分かしました。監督は監督である意味「観客を無視して自らのエゴを通した」訳で、ファンはファンでそれに対して怒りを顕にしています。

各所で言われている通りCGのクオリティは高いですし、端折りは多いもののドラクエっぽい感じは作中に多く存在します。メタ展開を無視すれば普通に楽しめるようには出来ています。これが批評でよく言われてる『楽しめる部分もある』のところですね。あ、あと個人的に重要だったんですけどフローラがとても可愛いんですよ。結婚したいです。

ただ、この作品を批判するのであれば、私はやはりこの監督の「アイデア」というのがあまりにも古い価値観によるものだしチープかつ安易に過ぎるのがあまりにもダメだと言いたい。「ゲームは無駄じゃない!」みたいなことを三十余年前のファミコン全盛期に言うならともかく、ゲームというものが世間的に一定の価値を認められている今の時代に言われても「は?何言ってんの?」という感想しか持てません。

同監督の過去作である『スタンドバイミードラえもん』という映画をライムスター宇多丸さんが「心底下品」と評していましたが、それと似たような感想を今回私は抱きました。一人の観客として、私は製作者から馬鹿にされているような気がしたのです。「はい、どうぞ。あなたの好きなドラクエ(又はドラえもん)ですよ。楽しんでください。あなたはこれが好きですからね。でしょ?」みたいな。分かりますか、この感じ。

 

というわけで全般的には面白かったんですけど芯の部分では到底納得のいかない作品でした。(肯定するとか言いつつ結局はdisってる人)

いや、面白いは面白かったんです、満足してます。フローラも可愛かったしね(2回目)。まぁ、とはいえドラクエの映画をオリジナルのゲームに忠実に作るとなると最低でも三部作以上にはなるでしょうし、それだったらゲームやっといた方が早いわけで。つまり監督はここにしか落とせないっていう唯一の所に落としているんですよ。今をきらめく山崎監督ですからね、当たり前ですけど相当の手腕はあるのでしょう。うん。たぶんな。

 

なんにしても人の批評だけで観る観ないを決めるのは勿体無いと思いますので、皆さんも是非ご自分の目でこの作品をご覧になって下さい。下馬評に怯えながらも観に行った私はお金を払った価値はあったと思いましたよ!(・∀・)!

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↑世間的には「可愛くない」と評判のフローラさん

*1:真の主人公たる冴えないリーマンが幼年期をスキップする設定でVRゲームを開始していたから

*2:「ゲームをやるのは無駄なことじゃない!僕の中では確かに本当の思い出になっているんだ!」とかいう古い価値観に基付くチープなメタ展開オチ